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大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)4023号 判決

原告

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

八代紀彦

佐伯照道

西垣立也

天野勝介

辰野久夫

中島健仁

被告

乙野太郎

右訴訟代理人弁護士

橋本二三夫

主文

一  被告は原告に対し、金一〇〇万一六四九円及び内金九〇万一六四九円に対する昭和五九年九月一二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを九分し、その八を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金九二五万一六四三円及び内金八四〇万一六四三円に対する昭和五九年九月一二日から完済までの年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

と き 昭和五九年九月一二日午後八時ころ

ところ 大阪府池田市〈住所省略〉 スナック「M」の敷地内入口ドア付近

態 様 原告が、スナック「M」の入口ドア付近にいたところ、被告が所有の秋田犬(以下「本件加害犬」という)を連れて通り合わせ、原告が「大きな犬ですね。怖いですね」と言つたのに対し、「何もしないよ」と答えながら被告が本件加害犬を原告に近づけたところ、本件加害犬がいきなり原告の鼻に咬みつき、原告は鼻部に傷害を負つた(以下「本件事故」という)。

2  被告の責任

被告は、本件事故当時本件加害犬を占有していたものであるから、民法七一八条により本件事故により原告の蒙つた損害を賠償する責任がある。

3  損害

原告は、本件事故による鼻尖部挫滅創(犬咬傷)の傷害を受け、次のとおりの損害の蒙つた。

(一) 入、通院中慰藉料 金一二〇万円

原告は、本件事故後現在までの間、次のとおり入、通院をし、昭和六一年八月一一日ころ症状固定した。

昭和五九年九月一二日 協立病院で縫合処置

九月一三日 出血が止まらず、児島整形外科を受診し協立病院に入院を勧められる。

九月一四日 協立病院に入院(五日間)

九月一九日 住友病院に第一回入院(一三日間)

一〇月一日以降月一回の割合で通院

一二月一〇日 住友病院に第二回入院(一一日間)

一二月二〇日以降月一回の割合で通院

昭和六〇年四月一五日 住友病院に第三回入院(一二日間)

四月二六日以降月一回の割合で通院

九月三日 住友病院で鼻部瘢痕拘縮除去術を受ける。以後二か月に一回の割合で通院

昭和六一年五月二九日 住友病院に第四回入院(七日間)

六月四日以降月一回の割合で通院

(以上入院四八日間、実通院二二日間)

本件のごとき女性の外貌醜状を伴う傷害の場合は、社会的に相当と認められる形成手術を経たうえでなければ症状固定とは認められず、これを原告についてみれば最近の手術時から相当期間を経過した昭和六一年八月一一日ごろをもつて症状固定したとみるのが妥当である。

そして、本件のごとく長期間にわたり入、通院を繰り返している場合、入院と通院を通じて取扱うためには、入院日数を二倍して通院日数に換算し、一週間に二日の割合で通院したとして修正通院期間を求めると、

となるうえ、本件傷害が相当な重傷に属することを考えると、この慰藉料は金一二〇万円が相当である。

(二) 後遺症慰藉料 金八〇〇万円

本件事故による鼻咬創後の鼻変形、顔面瘢痕拘縮に対し、原告は四回の拘縮除去、複合組織移植の手術を行なつたがなお醜状が残存することは避けがたく、右後遺症についての慰藉料は金八〇〇万円が相当である。

(三) 治療費 金四五万三六四三円

原告は、(一)のとおりの入通院中に左のとおりの治療費等を要した。

協立病院 金二一万八〇八五円

住友病院 金二三万五五五八円(治療関係費としての文書料を含む。)

(四) 入院雑費 金四万八〇〇〇円

入院期間四八日に対し一日金一〇〇〇円の割合による。

(五) 弁護士費用 金八五万円

認容額の一〇パーセントを事件終了時に支払う旨の約束がある。

4  損害の填補 金一三〇万円

原告は被告から、本件損害賠償金として、金一三〇万円を受領済みである。

5  よつて、原告は被告に対し、金九二五万一六四三円及び弁護士費用を除く金八四〇万一六四三円に対する本件事故日である昭和五九年九月一二日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、本件事故発生の日時、場所において、原告が鼻部に受傷したことは概ね認める(正確には、発生は同日午後九時ころ、場所は「M」の出入口付近の歩道上である)が態様は否認する。原、被告は近隣に居住していたこともあつて予てから顔見知りであり、本件事故当時に被告が加害犬を鎖につないで散歩していたところ、道路の反対側から原告が声を掛けて近づき、加害犬の約一・二メートル手前まで来てこれを招くようにしやがみ込んだため、加害犬がじやれつくようにして原告に近づいた際、その歯が原告の鼻にあたつたものである。

2  同2の事実は認める。

3  同3の冒頭の事実は不知。

同(一)の事実中、入、通院につき原告が昭和六〇年四月一五日まで三回にわたり住友病院に入院したこと、その年月日は認めるが、その余は不知。症状固定日は否認する。昭和六〇年四月二六日ころには原告の傷害は治癒しており、以降の治療は原告の自己満足にすぎず、仮に然らずとしても昭和六〇年九月三日には症状が固定している。慰藉料額についての主張は争う。

(二)は争う。

(三)の事実中、協立病院の治療費金二一万八〇八五円、住友病院の治療費のうち昭和六〇年四月一五日の入院分までの金一六万六〇四八円(文書料を含む)は認めるが以降の治療は争う。

(四)、(五)は争う。

4  同4は認める。

三  抗弁

請求原因1(本件事故態様)に対する認否のとおり、被告は加害犬の性質に従い相当の注意を払つていたもので、本件事故は原告の一方的過失に基づくものであるから被告は民法七一八条一項但書により本件事故の結果について免責さるべきであり、然らざるとするも、右の原告の過失は損害額の算定にあたり斟酌さるべきである。

四  抗弁に対する認否

すべて争う。特に、本件のように飼犬が人に危害を加えたという事故類型においては、被害者が例えば石を投げたり、餌を取り上げるなどの特段の事情のない限り被害者の過失相殺は認められるべきでない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1、2の事実中、原告主張の日時、場所において原告が鼻部に傷害を負つたこと、被告が本件加害犬を占有していたことはいずれも当事者間に争いがない(但し、原告は本件事故発生時刻を午後八時ころ、被告は午後九時ころと主張し、その相違はもとより本件結論に何らの影響を与えるものではないが原告主張時刻は、原告方の職人に夕食を準備した後という日常事から逆算したものであることは原告本人尋問の結果により認めうるので、ここではこれを採用する)。

二〈証拠〉によると、本件事故態様として、本件事故当時原告(昭和三一年三月二八日生)が婚家の職人の夕食の仕度を終えて息抜きのため外に出、近所のバス通りの交差点脇に在るスナック「M」の入口ドア付近にいたところ、折から飼犬である本件加害犬(四歳、体長約一メートル弱、体高約四五センチメートル、体重三五キログラム位の秋田犬)に日課の散歩をさせていた被告を見かけ、原告自身犬好きであつたことから「大きな犬ですね、怖いですね」と声を掛けながらしやがみ込んで手を出し、これに対し被告は「怖くないですよ」と気軽に答えながら鎖の長さを六〇センチメートルくらいにした本件加害犬を伴つて近づいたところ、本件加害犬がいきなり原告に飛び掛つてその鼻部に咬みついた。以上の事実が認められる。

被告は、本件加害犬が原告の手招きに応じてじやれついた際にたまたま歯が被告の鼻にあたつたにすぎないと主張し、被告本人尋問の結果中にはこれに副う部分も存するが、〈証拠〉に照らして採用できず、他にこの認定を覆すに足る証拠はない。

そして、被告は本件加害犬の性質に従つて相当の注意を払つていたとし、本件事故の結果について免責さるべき旨抗弁するが、認めうる事実関係は前記のとおりであつて、他に本件全証拠によるも右抗弁を肯認すべき証拠はない。

よつて、被告は原告に対し、民法七一八条により原告が本件事故により蒙つた損害を賠償する責任がある。

三進んで損害について判断する。

〈証拠〉によると、原告は本件事故による鼻尖部挫滅創(鼻尖部から外鼻孔にかけた部位を噛みちぎられたもの)の傷害を負い、直ちに協立病院で縫合処置を受けた後、原告主張のとおり昭和五九年九月一四日から五日間協立病院に入院したのを初め、同月一九日から一三日間、同年一二月一〇日から第一回形成手術のため一一日間、昭和六〇年四月一五日から第二回形成手術のため一二日間、昭和六一年五月二九日から第四回形成手術のため七日間(合計四八日間)いずれも住友病院に入院し(但し、うち昭和六〇年四月一五日の第三回目までの住友病院への入院と日時は当事者間に争いがない)、この間の昭和六一年九月三日には同病院で第三回形成手術を受けており、またこれまでの間に同病院に月一回ないし二か月に一回の割合で通院(実日数合計二二日間)して治療を受けたことが認められ、これに反する証拠はない。

被告は、原告が第二回形成手術を受けて退院した昭和六〇年四月二六日ころには右傷害はすでに症状固定したもので、以降の治療はいわば気休め治療の如く主張するが、〈証拠〉によると、第一回形成手術前の協立病院、住友病院における治療は鼻尖部を欠損したまま一応傷害部位の縫合手術をなしたにすぎず、第一、第二回形成手術において耳の軟骨の一部を欠損部位に移植し、さらに鼻柱の彎曲を正し、瘢痕拘縮を除去するため第三、第四回形成手術を施したものであり、各手術毎に外貌の醜状ないし醜状痕はかなり消去されたことが認められ、これら手術が本件傷害の治療として相当性を有することは原告主張のとおりであり、右の経過を考えると、第四回形成手術を施行して退院した昭和六一年六月末日ころには症状が固定したものとみるのが相当である。

1  治療費 金四五万三六四九円

原告が、昭和六〇年四月二六日に住友病院を退院するまでの治療費(その関係費である文書費を含む)として、協立病院、住友病院に合計金三八万四一三三円の治療費を支出したことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると、原告はその後症状固定時までの治療費として金六万九五一〇円を支出したことが認められる。

2  入、通院中慰藉料 金一〇〇万円

前記認定のとおり、原告は本件受傷後症状固定時までに入院四八日間、実通院二二日間の治療を余儀なくされたものであるが、特に当時の被告の年齢、性別、傷害の部位、程度を考えると、この間の精神的苦痛は誠に大なるものがあつたことが認められ、その慰藉料は金一〇〇万円をもつて相当というべきである。

3  入院雑費 金四万八〇〇〇円

経験則上、原告が入院中は一日当たり金一〇〇〇円の雑費を要したことが首肯できるので、その四八日分は金四万八〇〇〇円である。

4  後遺症慰藉料 金七〇万円

〈証拠〉を併せ検討すると、原告の傷害は幸いにも度重なる形成手術によりかなり好転し、現在ではカバーマークという特殊化粧化粧品を使つて周囲の皮膚との異色を隠すなどして日常生活上は通常人とほぼ遜色のない程度に回復されていることは認められるが、素顔においてはなおその痕跡を残し、向後の形成手術によつてもこれを消失せしめることは困難と考えられ、本件審理に顕われた諸般の事情を加味すると、その後遺症慰藉料は金七〇万円をもつて相当というべきである。

なお、被告は、本件事故発生については原告にも過失があつたものと主張するが、飼主と行動を共にする犬に手を差し伸べて親愛の情を示す程度の行為は巷間往往見られるところであり、本件においては他に原告において本件加害犬をして本件事故を誘発せしめたと認められる行為も存しないから過失相殺の主張は採用しない。

四右1ないし4の損害合計は金二二〇万一六四九円となるところ、原告が被告から金一三〇万円の弁済を受けたことは当事者間に争いがなく、これを控除すると原告が被告に求めるうる損害賠償は金九〇万一六四九円となる。

そして、原告が原告代理人に本件訴訟追行を委任したことは記録上明らかであり、本件事案の内容、審理経過、認容額等に鑑みると、原告が本件訴訟代理人に支払つた弁護士費用のうち金一〇万円は本件事故と相当因果関係にあるものとして被告に負担させるのが相当である。

五以上によると、原告の本訴請求は金一〇〇万一六四九円及び弁護士費用を除いた内金九〇万一六四九円に対する本件事故日である昭和五九年九月一二日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので認容し、その余の請求は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官渡邉安一)

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